孤独の読書

考える。生き残るために

短時間労働のワナ

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裁量労働」ってあるじゃないですか。

全て自分の判断で、

やっていくっていう。

 

あれについて、どう思うか?

 

まぁ、ヒトは自分に都合よく

考えるイキモノなので、

ようするに、

「これでラクができる」とか

思うわけですよ。

 

ぜんぜんちがいますから。

 

だって考えてみてください。

なんにもない素人。

なんの学歴、

職歴、人生経験。

 

とにかく何もないヒト。

そんな「何もないヒト」が、

「その世界」に飛び込んで。

その世界のベテランと、

同じ仕事をする。

 

例えば同じ1時間で、

どれだけのことができるか?

 

つまり、

そういうことだ。

 

「そのしごと」を、

ベテランと同じ時間で

終わるのか?

 

そもそも、

「しごとの結果」を、

ベテランと同等の質で、

出せるのか?

 

もちろん、同じ時間で。

 

まぁ、無理なんでしょう。

ハイ、結論、無理です。

 

あきらめてください。

 

そうじゃなく、実際は、

短時間ばかりを

全面に押し出す。

 

気がつきました?

何もないヒトが短時間で

できるしごとなんてのは、

言っちゃ悪いけど、

しょせん「その程度のしごと」

なわけですよ。

 

いや、ほんとに。

 

自身を持てるか?

その仕事をに自分をもてるか?

自身を持って言えるか?

 

たとえば家族、友人にたいして。

今やってる短時間なしごと。

あるいは、やろうとしていること。

 

・・そうじゃない。

そうじゃないんだ。

 

時間は、かかるもの。

時間は、かけるもの。

 

それでやっと、

手に入れられるかどうか。

 

やりつづけるには、

理由が必要。

 

たとえば「情熱」

あるいはネガティブな理由だったり。

「あいつのせいで」とか。

 

まぁとにかく、いずれにしても、

「やり続けること」だ。

 

それでやっと、

手に入れられるか、どうか。

 

それは、やってみないとわからない。

無責任かもしれない。

 

でも、言ってみれば、

ヒトはみんな無責任だ。

それがふつうだ。

 

良いとか悪いじゃない。

それがふつうなのだ。

その常識の中で、

自分がどう動くか。

それが重要だ。

 

一喜一憂しない

いちいち騒がない。

いちいち騒ぐのは子供だ。

幼稚だ。

幼い。

 

大人なら、やったとしても

「騒ぐフリ」だ。

 

トラブルが起こっても、

それに対して、

冷静に対処する。

それだけだ。

 

べつにどうこう思う

必要がない。

 

ところでしかし、

日本は平和だ。

今日も平和だ。

 

何もない。

何もおこらない。

でもなにかおこしたい。

というのは、

何かを得るには、

「きっかけ」が必要だ。

 

きっかけづくり。

なにもないところから?

そう、なにもないとことから、

「なにかある」ようにする。

 

0から1を生み出す。

そこだ。

そこが重要だ。

ムズカシイんだけど。

無から有を生み出す作業。

 

そこに興味がある。

 

オープナー

「無から有」ということでいえば、

ナンパだ。

ナンパというと、

聞こえが悪い?

 

であれば、言いかえる。

無関係の相手と、

やや強引なやり方でもいい。

とにかくきっかけをつくり、

仲良くなる。

 

そんなことが可能だったら?

それはすごいことだ。

無から有、

という意味で言えば、

それはクリエイティブなのだ。

 

ナンパはクリエイティブ。

ナンパ師はクリエイター。

 

スイッチを押すだけ

考え方、見かたによっては、

「素材」はそのあたりにいる。

 

そのへんにウロウロしている。

それを、「引っかける」だけ。

それだけ。

 

素材は、待っている。

引っかけられるのを。

であれば、

それをしないのは、失礼だ。

悪だ。悪い。

やるべきなのだ。

体が動く。

体を動かす。

無意識に。

無の境地。

それがフローだ。

 

きちんと”SHOW”になってる

いちばんのまちがいは、

「自己満足」だ。

 

もちろん、

まずは自分が満足することが、

再優先だ。

もちろんそうだ。

 

しかし、”そんなもの”は

早い段階で、終わる。

 

つまり、フェーズとしては、

早い段階で、終わるフェーズだ。

 

ようするに、「自己満足」では

先がないのだ。

 

いちおうエクスキューズする。

むやみに誤解されないように。

 

自己満足が悪いといってない。

むしろ必要だ。

ただ第一フェーズにすぎない、

そう言っているのだ。

 

ところでショウだ。

ショウにする。

すべてを。

それはすごいことだ。

 

たとえば、ただ食べるだけで、

面白い人がいる。

 

というと、本当にただ食べているだけと、

人は思うかもしれない。

 

もちろん、本当にただ食べているだけで

面白い人がいる。

その場合は、その人は

「極めた人」といえる。

 

まぁそんなのは一部なわけだ。

そうでないひと。

ほとんどの人は、

そうでない人だ。

 

だから、どうするか?

そこで「技術」だ。

技術の必要性だ。

テクニック。

小手先。

たとえ小手先であっても、

かわまない。

 

それでもいい。

ないよりは、

あったほうがいい。

そういうことだ。

 

やらない善より、やる偽善

結論から言えば、

「偽善」で良い。

 

良い、というのは、

ある程度のところまでは、

偽善でいけるということだ。

 

筆者は思う。

別にトップはとらなくて良い。

ある程度でいい。

それで十分だ。

 

つまりたとえば、

イチロー選手だ。

彼は、めちゃくちゃに努力をしている。

まぁその努力が、

彼にとってはアタリマエのこと、

とかそんなことが

言いたいんじゃない。

 

つまり、イチローの裏で、

野球自体をやめた人が、

たくさんいる、ということだ。

 

考えかたによっては、

早いとこやめたほうが、

いんじゃね?ってこと。

 

早く見切りをつけて、

別の生き方に時間と情熱を注ぐ。

そのほうが、彼にとっては良い。。

 

そういう場合だってある。

ふつうにある。

 

たとえば、お笑い芸人。

15年とか、20年とか、

ずっと売れない。

 

でもやめずに続けている。

いつか、売れると思っている。

夢を持つことはいい。

それ自体は否定しない。

 

しかし、希望の薄いところで、

いつまでも夢にすがって、

きちょうな時間を捨てていくというなら、

それはムダだ。

 

もったいないといえる。

 

自分で変える

なんだかうすうす

感づいていることだが、

人生は自分で変えられるらしい。

 

筆者はもちろん、

相手を、社会を、変えようとは

思わない。

全く思わない。

 

しかし自分なら変えられる。

相手を引っかけるくらいなら、

可能だ。

まずはそこだ。

自分が食い込める余地。

そこを探すのだ。

 

あるいは、つくるのだ。

穴を見つけたら、埋める。

それはふつうのことだ。

 

穴がなければ、掘るのだ。

それでいいのだ。

だって誰も止めはしないから。

 

誰にもメーワクはかけない。

民事だ。

当事者同士だ。

だからいいのだ。

どうせ自分のことだ。

 

まとめ

まぁそういう意味では、

短時間労働も、

ありかもしれない。

 

つまりそれが、

その人にとっての幸福追求なのだ。

幸福追求権。

 

しかしそれは、

筆者にとっては愚行権だ。

それは事実だ。

 

だからそれにたいして筆者が

どんな「偽善」ができるか、

そういう「ゲーム」という

見かたもできる。

 

 

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